はじめに
私は25年以上、この事件の犯人は林眞須美死刑囚だと、疑いもせずに思ってきました。
夏祭りのカレーに毒を入れて4人を殺した母親。報道陣にホースで水をかける、あの映像。多くの人がそうであるように、私の中の「常識」も、あの数か月のテレビ報道でつくられたものでした。
その常識が、山岡編集長の一本の動画で揺れました。そして調べていくうちに、疑問を投げているのが編集長だけではないことを知りました。映画監督がいて、大学教授がいて、ベテランの記者たちがいた。
今日は、その動画で語られていることと、同じ事件をめぐって他の人たちが何を問うているのかを、できるだけ丁寧に整理します。そのうえで、最後に私自身の正直な気持ちも書きます。
まず、事件をおさらいする
1998年7月25日、和歌山市園部地区の夏祭りで出されたカレーに猛毒のヒ素が混入し、67人が急性ヒ素中毒になり、4人が亡くなりました。亡くなった方の中には小学生も含まれます。まず、この事実の重さを忘れないでおきたい。
事件のあと、近所に住んでいた林眞須美死刑囚が、夫とともに過去に保険金詐欺をしていたことなどから疑われ、殺人罪などに問われました。2009年に最高裁で死刑が確定しています。
ただ、確定判決には直接証拠も自白もありません。動機もはっきり解明されたとは言えない。それでも有罪とされたのは、状況証拠の積み重ねと、ある科学鑑定が決め手になったからです。
そして林死刑囚は、いまも一貫して無実を訴え、獄中から何度も再審——裁判のやり直し——を求め続けています。司法の上では「終わった」事件が、本人と弁護団にとっては終わっていません。
山岡編集長が動画で投げかけた疑問
動画で編集長が拠り所にしたのは、再審に関わった生田弁護士の書籍と、元捜査一課の佐藤誠氏がYouTubeで語っている指摘でした。並べられた疑問を、まず表で整理します。
| 論点 | 動画が投げかけた疑問 |
|---|---|
| 報道の変遷 | 事件直後は毒物を「青酸カリ」と報じていたのに、8月に入って突然「ヒ素」に切り替わった |
| 家宅捜索 | 80人態勢で捜索しても1日目・2日目は何も出ず、4日目になって台所の下からタッパー入りのヒ素が見つかった。家族は「見たことがない」と言う |
| 動機 | 過去の保険金詐欺は事実でも、見ず知らずの近隣住民を無差別に狙う動機がまるで見えない |
| 毒物の運搬 | 毒を紙コップに入れて運んだとされる点が、現場の刑事の感覚として不自然 |
| 目撃証言 | 人の多い夏祭りの夜の少女の証言を、決定的な証拠とするには疑問が残る |
| 最も重い見立て | 真犯人は政治力を持つ大物で、警察が身代わりをでっち上げた可能性がある(生田弁護士の書籍より) |
中でも編集長と佐藤氏が繰り返し強調したのが、家宅捜索の場面です。大人数で何日も探して見つからなかったものが、4日目に突然出てくる。佐藤氏は、警察に証拠を置かれた可能性すら口にしています。
そして動機の不在。編集長は、保険金詐欺で目をつけられていた人物を犯人にすれば手っ取り早い、世間にはすでに「悪女」のイメージができあがっていた、という捜査側の事情にまで踏み込みました。
見ているあいだ、私の中の「常識」は確かに揺れました。
疑問を投げているのは、編集長だけではない
ここが、私が一番驚いたところです。山岡編集長の見立てを「独立系メディアの過激な主張」と片づけるには、同じ疑問を投げている人があまりに多い。
ドキュメンタリー映画『マミー』
2024年に公開された二村真弘監督のドキュメンタリー映画『マミー』は、この事件を多角的に検証した作品です。確定死刑囚の長男が素顔で母の無実を信じる胸の内を語り、夫の健治氏が自ら働いた保険金詐欺を赤裸々に明かす。監督は捜査・裁判・報道に関わった人々を訪ね歩き、反証を試みます。
この映画は、文春オンラインや映画秘宝、CINRAなど多くの媒体が取り上げました。作家の武田砂鉄さんは、自分が抱いていた「林眞須美は犯人」という土台そのものが成立していなかったと突きつけられた、と書いています。商業メディアの書き手たちが、自分の思い込みを問い直す場になっていたわけです。
科学者からの異議
私にとって一番重かったのは、ここです。
死刑の決め手になったのは、東京理科大学の中井泉教授がSPring-8という大型施設で行った鑑定でした。林家にあったヒ素と、現場の紙コップやカレーのヒ素が「同一」とされ、これが唯一の物証として一審から最高裁まで採用されました。
ところが、京都大学大学院工学研究科の河合潤教授がこの鑑定データを再分析したところ、3つのヒ素は「同一ではない」という結論が出た、というのです。河合教授は専門誌に論文を発表し、のちに『鑑定不正』という著書まで出して、鑑定の信頼性を真正面から否定しています。
つまり、死刑を支えた唯一の物証が、別の専門家の検証でいきなり揺らいだ。これは独立系メディアの主張ではなく、科学者どうしの論争です。私は素人なのでどちらが正しいかを判定できませんが、「唯一の物証に専門家が異を唱えている」という事実そのものが、私には重く響きました。
報道する側の自省
事件当時、テレビや週刊誌が林死刑囚を「平成の毒婦」として描いた、過熱したメディアスクラム。あの報道のあり方を、当時現場にいた人たち自身が振り返り始めています。
集英社オンラインでは、当時の映像編集者が「警察から何も発表されていないのに、犯人かのように報じていた」と告白しています。長男は、事実に基づいた情報にアクセスできる場をつくろうと、再審に向けた情報サイトのためのクラウドファンディングを立ち上げました。
疑問は、もう一部の人だけのものではありません。
一方で、確定判決が積み上げたもの
ここまで疑問ばかり並べたので、裁判所が死刑を導いた理由も、私は公平に置いておきたい。
確定判決に直接証拠や自白がないことは、先に書いたとおりです。それでも裁判所は、状況証拠を一つずつ積み上げました。林家にあったヒ素とカレーのヒ素が鑑定で同じ系統とされたこと。林死刑囚がヒ素に接しうる立場にあったこと。現場で鍋のふたを開けるなどの不審な挙動が目撃され、混入の機会を持っていたのは被告人だけだとされたこと。過去にヒ素を使ったとされる別の事案があったこと。
裁判所は、これらを合わせれば犯人と認められる、と判断しました。
そして忘れてはいけないのは、これが一審の和歌山地裁、二審の大阪高裁、最高裁と、複数の段階で複数の裁判官が検討した末の結論だということです。鑑定や目撃証言にいま疑問が出ているのは事実でも、当時の裁判官たちが何も考えずに判を押したわけではありません。
私はどこで立ち止まるか
正直に書きます。ここまで調べて、私の中の「常識」はかなり揺れました。とくに科学鑑定への河合教授の異議は、簡単には流せません。
それでも私は、一つの結論にだけは、すぐには乗れませんでした。「警察が故意に証拠を仕掛けた」、そしてその先にある「真犯人は政治力を持つ大物で、林死刑囚はその身代わりにでっち上げられた」という、最も重い見立てです。
ここは、はっきり分けて考えたい。
捜査や鑑定に誤りや詰めの甘さがあったこと。これは、河合教授の再分析や、4日目に突然ヒ素が出てきた経緯を見れば、十分にあり得ると私も思います。証拠の集め方や鑑定の精度を疑う材料は、確かに積み上がっています。
問題は、その先です。「大物の真犯人がいて、警察がそれを隠すために身代わりを仕立てた」という見立てには、私が動画と、そこで紹介された書籍の要旨を見たかぎり、それを裏づける具体的な証拠が見当たりませんでした。真犯人とされる人物が誰なのかも、警察がその人物をかばう動機も、でっち上げの段取りも、決定的な形では示されていません。示されたのは「その可能性が十分にある」という推論です。
私が引っかかるのは、まさにそこです。これは、一人の人間を死刑にした司法と、組織ぐるみの捏造を行ったとされる警察を、同時に断罪する主張です。世の中でいちばん重い部類の告発だと思う。だとすれば、いちばん重い証拠が要る。けれど現状は、最も重い主張に、最も薄い根拠しか伴っていません。この逆転こそが、私を立ち止まらせます。
誤解しないでほしいのは、「だから捜査は正しかった」と言いたいのではないことです。鑑定への疑問は本物だし、再審できちんと検証されるべきだと思う。ただ、「捜査に不備があった」ことと、「警察が意図的に無実の人を犯人に仕立てた」こととのあいだには、深い谷があります。前者は十分にあり得ても、後者を事実だと信じるには、その谷を埋める証拠が、いまの私の手元にはまだ足りない。
これは編集長への反対というより、私の性分の問題でもあります。私はどうしても、これだけ重い断定には、それに見合う根拠が見えるまでは踏み込めない側の人間なのだと思います。だから、最も重い扉の前で、私は一度立ち止まります。
それでも、問い続ける自由は守られるべきだ
ただ、立ち止まることと、問いを封じることは違います。
確定した死刑判決が、後にひっくり返った例を私たちは知っています。袴田事件がそうでした。「確定したのだから正しい」が、いつも正しいとは限らない。
だからこそ、世間がもう関心を失った事件に、誰かが疑問を投げ続けることには意味がある。山岡編集長も、映画『マミー』の監督も、河合教授も、やっていることはそれです。結論のすべてに頷けなくても、問いを立て続ける姿勢そのものを、私は支持します。むしろ私が独立系ジャーナリズムを好きなのは、いつだってそこでした。
私の結論
私は、林死刑囚が犯人だと断じる立場にも、無実だと断じる立場にもいません。事件の真偽を最終的に決められるのは、私ではなく、これからの再審の場です。
そのうえで正直に言えば、いまの私は、「警察が仕掛けた」という最も重い見立てには、まだ乗りきれません。基本的に捜査と司法をまず信じたい——それが私の今の立ち位置です。
でも、この記事を書く前と後とでは、私の中の確信は確実に薄くなりました。それだけの材料が、もう世の中には出ています。
もし再審でこの結論が覆る日が来たら、私は真っ先に「間違っていました」と書きます。そして、誰よりしつこく問い続けた人たちに、頭を下げたい。いつか、ちゃんと真実が明らかになることを、私は願っています。
参考にしたもの
- アクセスジャーナルch「1998年7月、和歌山で4人が死亡した毒物カレー事件で殺人罪などで死刑判決が確定している林眞須美死刑囚。和歌山県警は80人体制で家宅捜索し、4日目でヒ素発見。『警察に仕掛けられた』説も…深層追及する!」
https://www.youtube.com/watch?v=D9r1YX5bnD8 - 映画『マミー』公式サイト(二村真弘監督・2024年)
https://mommy-movie.jp/ - 文春オンライン「和歌山毒物カレー事件の真相に迫る:林眞須美死刑囚の冤罪可能性を検証する映画『マミー』」
https://bunshun.jp/articles/-/71145 - 龍谷大学 犯罪学研究センター「河合潤教授(京都大学)に聞く『鑑定不正』連続研究会」
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-9357.html
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